ぎんやんま

〜空の貴公子〜


今年の夏のできごとである。

ある日、友人が遊びに来たときのこと。何かの用事で、2人で家を出た。友人の車に向かって歩いていると、左斜め上方を、す、と通り過ぎるものが目に入った。青緑色の細い体。ぎんやんまである。僕は思わず歓声を上げた。はしゃいでしまい、友人に何度も「ぎんやんまだよ、ぎんやんま」と言った。

歓声を上げたのには理由がある。ここ数年、近所では全く見かけなかったからだ。

僕の家の近くを、用水が流れている。用水である以上、田植えの時期には水量が多いのだが、夏になれば水量はぐんと落ちる。決してきれいな水ではないが、子供の時分はよくここで遊んだ。昔はもう少し幅が広く、流れはその分だけ遅かった。ゆるゆると、しかし確実に流れていた。

近所にはもう1本、別な川が流れている。こちらはどこからどう見てもどぶ川、生活廃水がそのまま流れているような川だ。川底には白と黒のまだらのへどろがたまっていて、いつも悪臭を発している。用水ではないので、水量は季節よりも天候に左右される。

家から50mくらいのところで、この2本の川が立体交差している。用水が上、どぶ川が下であった。下をくぐる川の水が限界以上に増えたときのために、増えすぎた水をどぶ川から用水へ逃がすスペースがあった。ここから用水へ降りるのは容易だったため、子供の頃はここでよく遊んだものだ。釣りもしたし、ざりがにも捕まえたし、他の水生生物とも親しんだ。その中の1つに、やごがいた。とんぼの幼虫である。

中学生の頃か、この立体交差部分の工事が始まり、以前は上を通っていた用水が、今度はどぶ川の下をくぐることになってしまった。U字型のコンクリートで固められ、すっかり「都市の川」という感じになってしまった。水際へは降りにくくなり、降りたとしても以前のような川らしさを失ってしまっている。どぶ川の下へ潜る部分にごみを取る設備が作られ、そのせいでなんとなく水が滞って、凝って、濁っている。生きていない、という感じ。この部分は他よりも少しだけ深くなっているため、魚がたくさん集まるようになった。が、それ以上にごみがたまる。ごみがたまると水がなかなか流れて行かず、ますます滞り、凝り、濁っていく。

水草が減り、水生昆虫の姿も減った。もともと個体数の少なかったぎんやんま、それからいととんぼの仲間が、真っ先にいなくなった。今でも、真夏はしおからとんぼ、秋はあきあかねが水面を行き交っているが、ぎんやんまの姿を見ることはなくなってしまった。

ぎんやんまは体長7cmくらい、日本のとんぼとしてはまあ大きい方に入るだろう。大きいとんぼと言えばおにやんまを思い浮かべる人も多いだろうが、こちらは黄色と黒の警戒色で、見目うるわしいという感じではない。一方で、ぎんやんまは胸部が緑色、腹は水色をしている。容姿が格段に優れている。とんぼの王様はおにやんまかもしれないが、王子はぎんやんまだろう。

用水の上を悠然とめぐる姿。他の昆虫の追随を許さない強さ、気高さ、美しさ。生まれ育ちのよさ、とでも言うべきか。それらに圧倒され、網をふるって捕まえるより、見とれてしまうことの方が多かった。そもそも、捕まえる気になったとしても、子供には容易でなかったろう。力いっぱいふるった虫捕り網の横をひらりとかわし、悠然と中空を旋回する、空の貴公子。水面から空高くまで自由に飛び回る姿も、あこがれの対象だったのかもしれない。

すべてはもう過去のことだと思っていた。しかし、先日ぎんやんまが飛ぶ姿を見たとき、何とも言えない感慨が胸を支配するのを感じた。そして、その姿と僕とを見比べたとき、全然成長していない自分に気付いた。

なんだかやけに恥ずかしかった。はしゃいでばかりもいられない、そんな気がした。