もぐら

〜驚きの拾い物〜


もうずいぶん前の話だ。

ある夜、僕は1匹のもぐらと出会った。

僕の家の裏には細い水路がある。出所も判然としないが、1年中水位も変えずにちょろちょろと流れている。おそらく、ほとんど生活廃水だろう。昔はこのあたり一帯、下水の処理は浄化槽に頼っていた。その排水も含め、いろいろな汚水を流していたのだろう。僕の家もそうだった。

もう10年以上前になるが、僕の家のあたりでも下水道が整備され、この水路の水量はかなり減った。そしておそらくその頃から、春には用水から小魚だのざりがにだのが上がってくるようになった。下水道のおかげで、いくらか水がきれいになったのだろう。

この水路は以前、用水へ流れ込んでいた。台風などで大雨が降ると、この細い水路を用水の水が逆流してきたものだ。程度はまちまちだったが、年に1度か2度は洪水が起きた。そこで2年ほど前、この水路を用水から切り離し、近くを流れる別のどぶ川へとつなげる改良工事が行われた。こちらの川は、僕が子供の頃から死んでいる。生き物の姿はほとんどない。そして、水路を上がってくる生き物の姿は全くなくなった。

前置きが長くなってしまった。

その夜、僕が何かの拍子に家の裏へ出たところ、水路を小動物が走り回る水音が聞こえた。どぶねずみの子だ。そう思ったが、これがなかなかいなくならない。水音がいつまでも続いている。どぶねずみにしては動きが遅いような気がする。部屋へ戻って明かりを取り、再び裏へ出て水路を照らしてみると、やはりねずみのような動物が動いている。子ねずみというサイズではないのに、なんだか動きがおかしい。おぼれてでもいるような感じなのだ。とりあえず網ですくって捕獲する。よく見ると前足の雰囲気が変である。鼻のあたりは肌色。ようやく、もぐらだとわかった。

家の裏には植木畑があり、そこでもぐらのものらしい穴を見たことはあったが、本体に会うのは初めてだった。畑には複数のもぐらがいるだろうと思っていたし、そのうち目にする機会があるだろうとも思っていた。しかし、まさか水路に落ちているところを拾うことになるとは予想もしていなかったので、たいそう驚いた。その晩は手近にあった段ボール箱に入れておいて、翌朝観察してみることにした。

翌朝見たもぐらは、何ともユーモラスであった。ごく小さい、愛くるしい目。とがった鼻。スマートとは言えない、ぼってりと丸い体。そして、地中を移動するために特化した手足。これでは、水路に落ちたらひとたまりもあるまい。

普段はみみずや昆虫を食べているはず。こんな動きで餌にありつけるのだろうか。試みに、家の裏にある家庭菜園の土からみみずを掘り出し、与えてみる。目が悪い分、鼻はいいようで、鼻先に落としただけですぐそれとわかった様子。ものすごい勢いで食べてしまった。食べ方だけを見ると、ものすごく獰猛である。イメージと釣り合わない派手な食べ方。クリオネを思い出した。

しばらく観察し、家族にも披露したあと、家庭菜園の土に放してみた。とたんに土を掘りはじめる。動作はさほど速く見えないが、ちょっとの間に潜ってしまった。効率がいいのだな。しばらくは土がもこもこと動いていたが、そのうちそれもなくなった。かなり深いところまで潜ったのだろう。驚くべきスピードである。

それからしばらくの間、この家庭菜園の土の表面には穴がいくつか存在していた。まだもぐらが中にいるという証拠だ。しかし、そのうち穴はなくなってしまった。穴を通るものがいなくなったからだろう。そんなわけでこのもぐらはどこかへ行ってしまったが、いなくなったのはもぐらだけではなかった。生ごみを埋めるために掘り返してみると、家庭菜園の土からはすっかりみみずがいなくなっていたのだ。驚くべき食欲である。

とにかく、このもぐらにはいろいろと驚かされた。今では植木畑もなくなってしまったので、今後もぐらに出会う機会も少ないだろう。僕が拾ったもぐらは、今頃どこの土を耕しているのだろう。ちょっと気になる。

そしていつか、またしてもあっと驚く形で再会するかもしれない。そんな風に考えると、ちょっと楽しい。