2001年3月の日記


もくじ


普通の日記

2001/03/31 普通の日記は来月へ継続

昼の12時40分頃起床。外を見ると、雪である。3月も終わろうというのに!

洗濯物がたまっていたため、乾燥機まで動員して片付ける。気付いたら夜になっていた。

友人から電話。このチャンスを逃すなとばかりに、パソコンを使わせてくれと頼む。夜9時過ぎ、車で迎えに来てくれた。いたれりつくせり。感謝感謝である。

で、現在こうやって更新しているのですが、16日から24日までの分がないんですな。パソコンから出してくるのを忘れていました。ディスプレイがなくても、それくらいなら何とかなるはず。F8キーを押して起動メニューを表示、6番目の「MS−DOSプロンプトのみ」だかを選択、あとはフロッピーディスクにコピーすればOK……のはずです。うまくいったらいつか更新します。それまでお元気で!(笑)


さて。友人の家から更新したあとの日記です。ちなみに、これを書いているのは4月14日です。

更新が済んだのは午前1時前。更新している間に眠ってしまった友人を起こし、車で出発。家へ送ってくれるものとばかり思っていたが、さにあらず。車はなぜか千葉方面へ。途中、霧が出ているのを見た友人が一言。「こりゃ、千葉ニュータウンに行ったらおもしろいだろうなあ」 これで行き先決定。箱庭の町へ。行ってみると、ここではさほど霧が濃くなかったのだが、それでも十分怖い。さすがはゴーストタウン。そのうえ寒い。埼玉より3度、ひょっとしたら5度くらいは低いんじゃないかと思われるほど。そして、相変わらず人の気配が全くない。死の街、凍りついた街という感じ。駅前には1台の車もない。車を降りて、駅前でぽつんと営業しているコンビニエンスストアへ。歩道では今日降った雪が完全に凍結している。穴のあいた鉄板で作った白々しいオブジェがいっそう死の街の印象を強めている。近くにある別なオブジェのまわりを囲んでいる鉄管は、すしねたケースの冷却管のように氷結。なんだか映画のワンシーンのようであった。どんな映画かは見当も付かないが。

のち、帰ろうとするが、適当に曲がった交差点はまさに運命の交差点。初めは広かった道が少しずつ狭まり、いつのまにかものすごく暗くて細いいなか道に。真っ暗で人の気配のない民家、林、竹薮、墓、謎の切り通しなど、進むごとに恐怖は倍加。きわめつけは、ライトが当たると警官のように見える反射テープ。スピードを出しているときに見るのとは別の恐怖である。だって、暗がりに人が立っているみたいなんだもん。で、そばに「スピード落とせ!」なんて書かれた看板が立っている。あんな怖い道でスピード出せねえよ!

とりあえずUターンして引き返す。元の交差点に戻って、次に曲がった道もなんだかやばそうな雰囲気がぷんぷん漂っていたので、今度は早めに引き返す。なんとか正しい道に出たときには、2人とも精神的に疲れきっていた。こういう状態を「煮え煮え」と呼ぶのだろうな。

そんなこんなで、帰ったのは午前4時頃。


2001/03/30

午前11時過ぎ起床。母が僕の服を洗濯していないことに気付く。実は数日前から母と冷戦状態にあるのだ。洗濯を済ませ、ゆっくり食事。たまたまご飯がなかったため、もちを食べる。

午後2時、自転車にて外出。用事はないが、先日見た浦和美園駅の付近を走ってみようという試み。1時間ほど走り、浦和美園駅着。確かに、駅はある。しかし、他には何もない。女優に恋をしてしまいそうである。コンビニエンスストアはおろか、たばこ屋もない。いや、僕が見た範囲には自動販売機すらなかった。駅の開業にあわせて作ったものだろうか、すぐ横を国道463号線が通っている。その国道から、おざなりに1本の横道を引いてあり、それが駅前に続いていて、もっとおざなりなロータリーを形成している。「A列車でいこう」という鉄道会社経営シミュレーションゲームを思い出させる。周囲がほぼ全て畑なので、なおさらである。白々しいことこの上ない。

それから1時間ほど走って帰宅。帰宅後は読書、フリーセルなどで時間を過ごす。


2001/03/29

昼の12時半き起床。寝すぎたためか、頭痛。まずいなあ。

ディスプレイが完全停止した旨、携帯から掲示板に書き込もうとしたが、操作を間違えて画面をクリアしてしまい、腹を立てて中止。暇なので、トランプでフリーセル。時間は潰せるし、まあまあ楽しい。

夜、映画「バックドラフト」。見るのは2度目。たぶん泣いてしまうだろうと思っていたが、なぜか泣かなかった。

午前3時、再びiモードで掲示板に挑戦。しかし、オフライン状態で記事を書くことはできたのだが、なぜか投稿することができない。2度試みて2度とも失敗したため、怒りとともに断念。寝る。


2001/03/28

午前11時半起床。テレビを見ながら食事。

今日こそ長年の夢だった図書館へ! とばかりに、午後3時半頃行ってみた。なにやら張り紙があったので読んでみると、「3月はコンピュータ化のためお休みします」というような内容。図書館に行くという行為には何となくいやな予感が付きまとうのだが、またしても現実のものとなってしまった。とぼとぼと帰宅。こんちくしょう。

することもなく、テレビを見たり、本を読んだり。パソコンがないと、時間が増えるようだ。

夜、少し自転車で走ろうと、外出。が、存外寒かったんですね。薄着だったため、すぐ帰宅。


2001/03/27

午前10時半起床。ゆっくりと食事ののち、午後1時頃家を出て、自転車で走る。行き先は上野公園。入谷、江北橋、王子駅から北本通りを走り、旧古河庭園を曲がって駒込駅を通過。本郷通り、東大と来て、暗闇坂を降りると、そこは不忍池である。1時間くらいで到着。すでに桜はかなり咲いており、今週末にはピークを迎えそうな勢い。平日にもかかわらず、人出は多い。30分ほど滞在、おにぎりとジャスミン茶を口にしつつ休憩する。

それから秋葉原へ。人が多く、自転車で走るのも困難なほど。この頃から花粉症の症状が出はじめ、また自転車を停めるスペースも見つからなかったため、中古ディスプレイをちらっと見ただけで上野へ取って返す。少し休憩ののち、帰る。

駒込駅付近の混雑はただごとではない。老人の海という感じだ。ライオンの夢でも見ているのだろう。六義園の前も人。飛鳥山のまわりも人。とにかくどこも人出が多かった。桜の時期だからなあ。

江北橋まで来たとき、行きにちらと見かけた観覧車のことを思い出す。おそらく荒川遊園だろう。近くまで行ってみることにした。すぐ近くまで行ったのだが、隅田川のむこう側。橋がなかったため、行かず。あとはまっすぐ帰った。

夕方、友人より電話。またしても車用品の店へ行くことになる。今度は千葉の店。で、江戸川を渡るところで当然のごとく渋滞。現地に着いたのは午後8時半であった。そして店は午後9時に閉まるとのこと。とりあえずメーター類と4点式シートベルトなどを眺め、出る。そのあとぼんやりと走る。気付くと、千葉ニュータウンという箱庭のような街にいた。アパートだかマンションだかがいくつも建っているが、全く入居していない棟もあり、一種のゴーストタウンという感じである。入居希望者がいないのか、まだ完成していないのか。あるいは完成前に建設会社が倒産したか、ひょっとしたら逃げたのか。推測に過ぎないが、何となくそういう印象を与える。駅前のジャスコが駐車場の電灯を消したら、暗闇の街と化すんじゃないか?

その後、地元に帰ってからも少しうろつき、明日開通する埼玉高速鉄道の終点、浦和美園駅などを見る。新しい道路ができていた。友人が「これじゃ、走ってくれって言ってるようなもんだよなあ」とつぶやきつつ、踏み込む。確かに、舗装もいいし、道幅も十分だし、周囲に家もないし、そのうち走り屋が集まる可能性は否定できない。

そんなこんなで、帰宅は午後12時半頃。ほとんどすぐ寝てしまった。


2001/03/26

昼の12時頃起床。何気なく見たかりんとうの袋にあった、「全国油菓工業協同組合」なる組織の名前。「菓」の字と「工」の字の間に猛烈なギャップを感じる。や、べつにおかしいところはないはずですけど(^^;。

夜、友人とドライブ。途中、金を借りて、ディスプレイ用のアダプタを買う。のち、車用品の店を覗いたりして、午後10時半頃帰宅。さっそく、以前友人にもらったディスプレイをつないでみたが、だめだった。画面がスライスされ、6つに分身しているような状態。って、わからんでしょうな(^^;。

DOSの段階で、すでにおかしい。どうにもならんぞ。


2001/03/25

昨日、日記を書いている途中でディスプレイが完全に沈黙してしまった。仕方なく、紙に書いている。

午前10時半頃起床。テレビや本を読んで過ごす。他に特筆すべきことはなかったと思う。


2001/03/24

午前10時起床。

ディスプレイ、絶不調。夕方前に起動したときにはどんなに殴っても直らなかった。夜11時半に起動したときはなんとか映ったため、こうして日記を書くことだけはできた。


2001/03/23

午前10時過ぎ起床。飼っている鳥の調子が悪そうだったので、付きっきりになってしまい、またしても図書館へ行けかなった(T-T)。

夕方、いつものように調子の悪いディスプレイを殴っていると、「ぱちっ」という音とともに暗転。慌ててさらに殴り続けると、なぜかピントがよくなっている。なんだかすごく調子がよくなったような気もするが、画面はまだ赤く染まっているので相変わらず疲れる。

夜、調子の悪かった鳥が死去。看病したのがいけなかったかと、かえって後悔(-_-;。


今日は全食カレー。昨日作ったカレーの処理ですな(-_-;。

確かに家族が5人いた頃は消費も多かったが、もう3人しかいないんだから、その辺を考えて作ってほしいところ。大量に作ればいいってもんじゃあないぞ。


2001/03/22

午前11時起床。テレビでお昼の番組群を見ているうち、あっという間に時間が過ぎる。気付くとすでに夕方。今日こそは図書館に行こうと思っていたのだが、またしても逃してしまった。明日こそは!


んか゜? デフレスパイラルって何ですか?

っていうかね。TBSかどっかのニュース番組で、「デフレスパイラルから家計を守ってフィーバー!」みたいな企画をやってたですよ。内容はよくある100円でできるおかずの話。要するに、家計が苦しいなら使わないようにしましょう、っちゅう話やね。

で、もう一度問います。デフレスパイラルって何ですか?

さっそくウェブ検索。出てきた解説がこれ。

物価下落と景気後退が同時に起きるデフレーション(略して「デフレ」)が、らせん状(スパイラル)に進行していく状態。物価下落が企業収益の悪化をもたらし、さらに所得減少・雇用悪化→消費低迷→物価下落→企業収益の悪化と、悪循環に陥って不況が深刻化していく。

はい。なんかおかしいですよね?

デフレが進行すると所得が減る。だからお金を使わないように、ということでしょうが、それがますますデフレを進めてしまうというのがデフレスパイラルではないんですか? つまり、100円おかずはデフレを進行させて、ますます家計を苦しめるっていう結論にならんのですか?


2001/03/21

午前10時起床。最近、起床時間のみを克明に記しているような気が(^^;。

夜、友人から電話。ドライブに行こうとのこと。行き先を聞いたら、渋って答えない。しつこく聞いて、どうやら山梨まで行くつもりだと判明。おそらく、夜の中央道をすっ飛ばしたいのに違いないと大予想。昨日、某車種オーナーの集会に行って、闇に目覚めやがったらしい(笑)。

まあ、そんな感じでとにかく狙い定め走り出す。高速に入ったところでいきなり急加速。ターボチャージャー様が働く「ひゅいーん」という音が夜の車内に響き渡る。あまりの加速にかなりびびったが、そのうちスピード感にも加速にも慣れ、ところどころで加速を楽しみつつ、ハイテンションむしろハーイテンションで、今、走り続けてる。ハーイプレッシャーでなかっただけましかな。って、わけのわからない表現は某ゲームのねたです。忘れて下さい(^^;。

甲府昭和だか何だかというところで高速を出てから、友人の伯父宅へ行く道を確かめ、他には何一つせず帰る。帰り道はトラックばかりで非常に恐ろしい。こっちだってそれなりのスピードを出してるのに、でかいトラックが猛追してくるのには本当に参る。あんた達、それでほんとに止まれるのか?(^^;

帰ってきたのは午前2時半過ぎ。たまに出かけたと思ったら、内容は伊達や粋狂ばかりでありました(^^;;;。


余談。

車に乗っていると、さらにはある程度のスピードを出すと、乗っている人間の頭には大事故への恐怖が生じることと思う。しかし、僕はそれよりも、目の前に現れるであろうエアバッグの方がよほど怖い。もっと細かく言えば、エアバッグが格納されている部分のプラスチック片が顔めがけて飛んでくるであろうことが怖い。こちらの方がよほど現実的な恐怖を伴っていると思うがいかが?


2001/03/20

午前10時半頃起床。また少しずつ遅くなってきたぞ(^^;。

昼、ご飯を炊いたのだが、何かミスがあったらしく、炊き上がりがすごいことに。でもがまんしてそのまま食べた。夜はチャーハンにしてごまかしたがこれもうまくなかった。


2001/03/19

午前11時頃起床。

「HERO」の最終回をやっぱり見てしまった。おもしろかったよ。


テレビのニュースで、三宅島の中学校の卒業式を何度も見た。しかし、三宅島の現状は全くわからずじまい。たぶん、どのニュースでも伝えなかったのだろう。僕が見なかっただけかもしれないが、それにしても少ないんじゃないか? 視聴者が知りたいのは卒業式のことだけか? マスコミが伝えたいのはそれだけか?

マスコミっていいなあ。こんなんでいいなら、気も楽でしょうよ。


2001/03/18

午前10時頃起床。

昼過ぎ、友人とともに、先日緊急入院した友人の母上を見舞う。一度病院を出て、着替えなどを持って再び戻る。入院生活って退屈だろうなあ。僕なんか1週間と耐えられないような予感。

夜、F1決勝。スタート直後のスコールで大混乱。その点ではめちゃめちゃおもしろかったけど、マクラーレンが遅すぎたような感じ。競り合いが見られず残念。


最近、ディスプレイにうんざりで、日記を書く気が起きない。で、数日分をまとめて書いているせいで、内容が薄くなっている。まあ、生活の内容も薄いんだけどね(^^;。


2001/03/17

午前9時半起床。メンチカツを食パンに挟んで食べる。うまい。金持ちの子に生まれなくてよかったなあ。

夕方、「HERO」の総集編のようなものを見る。ダイジェストのせいか、テンポがよくて見やすい。おもしろい。ドラマを見たのは久しぶりだなあ。月曜日の最終回を見てしまいそうな予感。

夜、F1予選。シューマッハ兄弟が競り合っててちょっとおもしろかったじょ。


2001/03/16

午前8時半起床。クロワッサンとキャッフェオレで朝食。嘘です。ちなみに本当は母が作ったらしい謎のねぎとろ風手巻きを食べました。

夜、友人2名が来る。レシーブNo.1のあと、先日の高校入試問題を見せる。みんな学力が著しく低下している模様。ただ、問題自体が少し難しくなっているような感じもする。考える問題の割合が増えたように思う。「知識」でなく「知能」を問うようになったのだな。あと、英語は聞いて答える問題と文章を書かせる問題が昔より増えたような気がする。うむうむ、いい傾向だ。こうなってこそ、学歴に意味が出てくるんだと思うぞ。

その他は、はっきり言って記憶に残らない一日。久々にパソコンをいじっていたような気がする。


2001/03/15

午前9時半起床。

午後、高校生向きの化学学習ソフトを作る計画を思い付く。が、現状では無理だ。作るならば教科書や参考書、問題集を何冊か読んでおきたいし、実際にそれをプログラムとして作れるかどうかも怪しいし、何よりもディスプレイが(^^;。

先日の新聞から抜いておいた、埼玉県公立高校入試の問題を解いてみる。結論。5科目を自信のない順に並べるとこうなる。数学、社会、理科、英語、国語。数学は冷汗が出るような結果に。円周角の性質とか、すでに忘れちゃってるんだなあ。悔しい、かつ不安だから、そのうちTMSの連中に解かせてみようかな。

夜11時半、メールチェックをしたら、Yahoo!オークションとやらからメールが来ていた。さっと目を通して気になったこと。「このメールに対して返信しないでください」というような文があるが、返信不能のアドレスからメールを送るのはいかがなものか。返信可能なアドレスから送れば、何の問題も生じないのに。

そう思いつつ、もう少し見る。「不明な点がある場合はこちらへ」というような文とともに問い合わせ用のメールアドレスが記されているだが、これが送信元アドレスと同じ。このメールがなぜ返信不可なのか、さっぱりわからない。さらに、メールヘッダのReply-Toフィールドには僕のメールアドレスが指定されている。送信元とは別なアドレスに返信してほしい場合に使うものなのだが、今回は送信元と問い合わせ用のアドレスが同じなのだ。送信元アドレスを書いてはまずい理由があるのだろうか。うっかり返信してしまったら、それは自分に届くことになる。無駄な通信が増えるばかりで、いいことではないと思う。

それに、たとえば僕がその問い合わせ用のアドレスへメールを出すとして、Reply-Toフィールドにその問い合わせ用アドレスを書いたら、ちょっとした混乱が起きるように思うのですが。で、本文中に僕のアドレスを書いて、「返信はこちらへお願いします」と付けたら、ちゃんとその通りにしてくれるのかなあ。何通かやりとりしたら、めんどくさくなって無視されそうな気がする。

そもそも、これは僕が使っているアドレスですよ。たとえ本人宛てのメールでも、勝手に返信先として指定しますかね? なんだか失礼じゃないですか?

おそらく、このメールを出した担当者は、こんなヘッダが付いていることを知らないのだろう。メールを送信したソフトか、あるいはサーバが書き換えてるんじゃないかと予想。

あるいは「返信」という言葉の問題で、「返信はするな。でも問い合わせは可」という意味なのだろうか。

まあ、どうでもいいか。


何度か「Web」という表記を使ったことがあるが、今後は「ウェブ」にしようかと思う。どっちにしても座りが悪いんだけどね。


2001/03/14

午前8時半起床。定着か。しかしまたすぐだめになりそうな恐怖が付きまとう(^^;。

昼過ぎ、姉から電話。昨日の処置ではねじを外せなかったらしい。で、今日も修理しに行く。つぶれたねじの頭にはんだを流し込めばひょっとしたら回せるかと思って試したが、失敗。仕方なく、むりやりペンチで外す作戦に出たら、なんとこれが成功。握力には全く自信がないので、まず無理だろうと思っていたあるよ。意外ある。ともあれ中を見てみる。どうやら「こま」と呼ばれる部品のゴムパッキンが劣化して、パイプに密着してしまっているのが故障の原因らしい。ゴムパッキンを裏返したら当座は使えそうだったのでその通り直して帰る。まあ、2つで200円くらいの部品だから、取り替えてもよかったんだけどね。

自転車での行き帰り、花粉を大量に頂いたらしい。目と鼻が最悪である。のどの調子もおかしい。まあこれは何度かくしゃみをしたせいかもしれない。


2001/03/13

午前8時半頃起床。ビデオを見ながら朝食。

姉から電話。風呂の蛇口がおかしいとのこと。お湯を出せなくなったそうだ。で、初めはどうするつもりもなかったのだが、母が様子を見に行くと言うので、僕も同行。見ると、ひねる部分を止めているねじの頭がすっかりつぶれている。しばらく前から調子が悪かったので、この部分を何度かはずして、だましだまし使っていたのだが、きつく締めすぎてつぶしてしまったらしい。で、今日はとりあえずこのねじを外すための処置をして帰る。

夕方、友人から電話。仕事の関係で、3時間ほど車を待つか、あるいは自力で帰るか、どうする? という状況に置かれ、煮詰まっていた様子。隣町なので、帰る気になれば帰れる。しかし、決して楽な道ではない。バスでも乗り継いで帰るようにと告げる。しばらくのちにまた電話。徒歩で帰っている途中とのこと。まあ3時間待つよりはいいわな。しかし相変わらず煮えていた。

夜8時半頃、寝ようとしていたところに友人から電話。結局寝たのは午後10時半過ぎかな。


2001/03/12

起床は午前8時頃だったかなあ。昼前に友人から電話。電話の調子がおかしいとのこと。短期間に2人から電話関係のトラブルを持ち込まれるとは思わなかった。で、午後2時頃友人宅へ向かう。いろいろ考えた結果、電話機の端子か電話線がおかしいのではと予想。そのうち、僕の家で余っている線があったら持って行くことにして、この件はおしまい。あとは夜7時過ぎ頃までぼんやりと過ごし、辞す。

帰宅後は本など読んで過ごす。寝たのは夜中の2時半頃だったかなあ。


2001/03/11

午前10時45分起床。父に頼まれていた買い物をするため、徒歩でスーパーへ。米を買うので、自転車では行けない。なぜって、僕の自転車にはかごがないからですな。米の他にもいろいろ買い込んで、大きな袋を3つぶら下げて帰る。

他に何かをした記憶がない。本を読んだりしているうちに眠くなり、夕方遅くに寝てしまった。夜中に目を覚まし、2時間ほど本を読み、また眠る。


2001/03/10

午前10時半頃起床。友人から電話で、ターミナルアダプタの調子がおかしいとのこと。長々と話したあげく、午後2時頃迎えに来ることになる。

その間に食事と風呂を済ます予定だったが、うっかり本を読んでしまい、風呂に入らないうちに時間が過ぎてしまった。友人からの電話に対し「すまねえ、30分待ってくれ」と告げる。「じゃ、30分ほど寝てから行く」とのこと。慌てて風呂に入り、準備をして待つが、今度は友人が来ない。結局午後4時半前になって「気が付いたらこんな時間になっていた」との電話が入る。しかも、ターミナルアダプタの不調は、実は交換機の不調だったと判明。交換機の電源を一度切り、入れなおしたところ、すべてが復旧したとのことだった。友人宅へ行く理由はなくなったが、またしても慣らし運転に行くことになる。

しばらくののち、来る。別な友人も呼ぶことにし、連絡を入れる。どうやら出先らしい。結局、あと2人ほど同行することになり、総勢4人でドライブ。あとから来た2人に、昨日買っておいたMAXコーヒーを飲ます。いわく、「口がべたべたしてしゃべりづらくなった」とのこと。

さて。新車では初の高速道路。加速がよろしい。ちょいと踏み込めば恐ろしいほどのスピードが出るに違いない。運転している友人は、その誘惑と戦っていたようだ。そんなこんなで東関東自動車道にて成田空港まで行き、「夜は用事のある車以外入れませんよ」と言われてすごすごと引き返す。僕はなぜだかやたらと眠かったため、ほとんど眠っていた。昨日、今日の2日で、400km近く走ったはず。納車から2週間経たずに1000kmを超えると予想。粋狂である。

そんなこんなで帰宅。家に入った瞬間、友人の車にかばんを忘れてきたことに気付く。慌てて携帯に電話したが、友人が電話に出たのは宅に着いたときだった。それからわざわざ持ってきてもらって、悪かったっす(^^;。


2001/03/09

午前4時半頃起床。昨日に引き続き、ビデオを見る。第一次大戦後から第二次大戦まで。それからCGIを少しいじってみる。そろそろカウンタ復活なるか?

夜、友人の新車でドライブ。現在慣らし運転中とのこと。千葉方面へ、往復150kmほど走る。1速から2速へのつながりが悪いような気もするが、おおむね快適。排気音もよろしい。がんばれ5年ローン。

で、帰りにMAXコーヒーとやらを味わう。感想。甘い。甘い。甘い。甘い。あとくちが悪い。以上。「ほどよい甘さ、マイルドな味」だかというコピーはいったいどこを指しているのだろう


2001/03/08

午前5時半起床。第一次世界大戦関係の古いビデオを見ながら朝食。その後、以前作ったCGIを改良したり、過去の文書ファイルをあさってみたりした。いろいろなものが出てきてびっくり。懐かしい気持ちとともに読む。稚拙だなあ。今だってそうだけど、当時は輪をかけて稚拙だ。でも、書きたいという気持ちがあったことは事実。今はその気持ちさえ減ってしまった。少しずつでもがんばろうっと。

結局、夜までそれが続いた。本を読んだりもしたけどね。で、夜10時半頃には就眠。

そういえば、連載企画。やろうやろうと思ってそのままになっている。なんか、文章を書いていても、いまいちおもしろくない。そんなわけで、この企画は却下かなあ(^^;。

また気が向いたらやるかもしれません。


今日のディスプレイは最悪。いつもの赤い画面に加えて、左から強風が吹いてでもいるかのように、画面全体がにじむ。頭のどこかがおかしくなりそうである。それ以前に目が疲れるのがつらい。こんな感じ(*_*)。


裏サイト公開開始。URLは内緒(^^;。


2001/03/07

いつ起きたっけなあ。夜近かったような気がする。で、夕食ののち、本を読みながらぼんやりと過ごし、夜11時頃には寝てしまった。何かをした記憶もないのは、本当に何もしていないせいだろう。


2001/03/06

午前7時起床。朝食ののち、決算関係の作業。しかし昼前、友人から電話。今から来るとのことで、作業は中断。くだらない話などで時間を過ごし、夕方前、ちょっと大きめのスーパーへ出発。ゲームセンターをうろついたり、古本屋をのぞいたりして、またしても過酷な勝負をすることになる。前回傍観者であった友人も巻き込み、3人での勝負である。食材を買い込み、夜7時頃、僕の家に集結。勝負はトランプの「ばばぬき」で行われることに。詳しいことは省くが、2時間にわたる死闘の末、一番つらい思いをしたのは僕だったと思う。いいなあ、2人は焼きおにぎりなんか食べちゃってさあ(笑)。

のち、青光りするゲームセンターへ。日付が変わる頃帰宅。

そして、夜中から明け方まで決算関係の作業。母が言うには、どうやらめどが付いたようだ。ありがたい話である。結局朝まで寝ずにいて、燃えるごみを出してから就眠。


2001/03/05

なぜか眠れず。古いビデオを眺め、のち外出。郵便局と商工会と文房具屋と銀行とスーパーをめぐって帰宅。昼頃、眠りの底へ。

再起床は午後7時。夕飯を食べ、母が開けたワインの残りを飲んだらまたも眠気が。素直に従い、たぶん夜10時半頃眠る。


2001/03/04

なぜか、昼間の記憶がない。たぶん、Webを検索して勘定科目について調べていたような気がする。が、たいした収穫はなかったように思う。

夜中、銀行帳を書き写しながら、F1の決勝を見る。おもしろかったー。次が待ち遠しいですなあ。


2001/03/03

夕方の4時頃起床。どうも、普通に起きると次の睡眠時間が長くなるようだ。って、体力がないせいかなあ(^^;。

夜、友人が来る。食事とレシーブNo.1とたわいない会話をして帰る。

ようやくF1開幕。夜中、予選を見る。おもしろかったー。明日の決勝が楽しみであります。


2001/03/02

未明、友人が死ぬ夢で目を覚ます。わけがわからんから、詳細を覚えているうちに書いておこうと思う。ただ、人が死ぬ話なのと、僕の記憶を詳細に記述するという目的のため、読んで気持ち悪くなる人がいるかもしれない。気分が悪くなったら直ちに使用を中止し、医師の診断を受けるか、どこかおもしろいサイトにでも行って回復して下さい。

まず、サークルのような20人くらいの集団で、資料館だか博物館だかよくわからない建物にいる様子。屋上に視聴覚施設があり、一同は中へ入って映画のようなものを見はじめる。「ドラえもん」のキャラクターが登場していたようだが、何だったんだろう。で、僕はどうやらお金を払っていないか、飛び入り参加だったようで、これを見てはいけないような気がする。で、その建物を出る。

屋上にはベンチとテーブルのセットがあり、そこで、どうやらこの博物館か何かの職員らしいおばさん達と話をする。話の内容は、「あの映画が終わるまで6時間以上かかるよ」と、「時間がもったいないから、あんた、その間ここで働いてなさいよ」「はあ、それはぜひお願いしたいです」というのしか覚えていないが、たぶんそれだけしか話さなかったはず。

で、一瞬のちに気が付くと、あたりはすっかり暗くなっており、おばさん達もいない。すでにこの博物館か何かは閉館してしまったようで、屋上にいる僕たちために、わずかの職員が残業しているだけという様子。僕はぶらぶらと屋上をうろつく。そのうち、「ここは上野だ」という意識が僕の頭の中を強制的に支配する。建物の角に立って見下ろすと、広い平地にうっすらと草が生え、池のようなものがいくつもあり、どこへともなく、水が少しずつ流れ出している様子。なんとなく、空襲でも受けたような感じの地形だ。僕はそれを見て、「ああ、上野公園は今工事中なんだったな」と思う。また、あたりがあまりに静かなので、「上野も、公園がないと静かだなあ」などと考える。なんとなく、静かな上野というものが趣深くて、工事中、というよりは更地にしたまま手付かずという感じの上野公園をしみじみと見下ろしていた。

すると、まだ映画は終わっていないはずなのに、視聴覚施設から先のサークルらしき集団が出てくる。つまらなくなって、途中で終わりにしてもらったのだろう。僕は視聴覚施設の方へ近付きながら、友人が幹事であったという事実を唐突に思い出す。で、こんな結果では友人はさぞ無念だろうと思い、友人に近寄って肩に手を置き、「お疲れさん」とねぎらった。友人は僕の肩に顔を押し当てておいおい泣いた。よほど悔しかったに違いない。

そんな友人をなぐさめたく思い、さっき僕が趣深く眺めた工事中の上野公園を見せようと、もう1人の友人らしき人物を誘って3人で駆け出す。このとき、視界の隅に、建設中らしい道路の高い橋脚がとてもきれいに見えたのを覚えている。そして、建物の角に立ち、「ほら、上野公園は工事中みたいだよ。公園がないと、上野は静かなんだねえ」と話す。

そのときである。友人は突然屋上のへりから身を投じた。真向かいにアパートのような建物があり、そこへ飛び移ろうとしたのだろうが、間隔は明らかに5m以上あった。友人は手を伸ばしたが、届くわけがない。そのまま落下していく友人を見ながら、「大変だ」と思うと同時に「あいつのことだから、助かるかもしれない」とも考えていた。そして次に、あるゲームで主人公が高いところから落ちたときに鳴るらしい効果音を思い浮かべ、「ぬしゃっと来るか、ぬしゃっと」と、ぼんやり考えた。最終的に、友人はかなり下の階の、ベランダのようなスペースにある巨大なエアコンの室外機の上に落下し、「びしゃっ」という、絶対に助からなそうな音を発した。

僕は目の前で友人が死んでしまったことでひどく混乱し、こんな夢からは早く目覚めなければいけないという思いから大声でわめく。が、こういうときに限って全く目覚める気配がない。僕は「ああ、やはりこれは夢ではないのだな」と解釈し、慌ててサークルの方へ戻る。友人が落ちたということはもうすでに皆に知れ渡っており、全員で下を目指す。

しかし、気が付くと建物は「風呂なし、炊事場、トイレ共同」という感じのきったないアパートのようなものに変わっている。僕がその出口まで来たとき、友人は「茶色のなんとか」という、ピーナツバター色のレーズンのようなかぶりものを身につけた、妖怪のようなわけのわからない存在になって笑顔で戻ってくる。そこで夢は終わり。さあ、誰か夢判断しておくれ。

さらに細かい情報について、補注のようなものを書いておこうと思う。

サークルの人数は、はっきり言ってよくわからない。最初は、死んだ友人も含め、この中に知り合いがいるという意識は全くなかった。

建物は、かなり薄い水色のタイル張り。タイルのサイズは大体2インチ×4インチといった感じ。

映画は、「ドラえもん」に登場する主要なキャラクターが何人か、ある点を中心として放射状に、球状に飛んでいくシーンだった。左方向に飛んでいくスネ夫の姿を覚えている。

視聴覚施設を出たのは自分の意志だったか、それとも誰かに言われてのことか、はっきりと覚えてはいない。出ようと思ったところで、職員にやんわりと告げられたような気もする。

おばさんは3人くらいいた。薄いピンク色のエプロンだかなんだかを身につけていて、僕は清掃係かなと思った。このおばさん達に「6時間以上かかるよ」と告げられる以前に、僕はそのことを知っていたように思う。おばさん達に、働くよう言われたとき、「うん、せっかくだからぜひ働こう」と思ったのは、僕としては珍しいことだろう。で、一瞬ののちには夜になっていて、おばさん達もすでにおらず、結局働かずじまい。

建物から屋上に出るドアは上半分にガラスが入っていて、通路に立っている職員が見えたので、僕たちのために残っている職員がいるのだなと思った。

なぜここが上野だと思ったのかは、全くわからない。上野であることを示すものは何一つなかった。公園も、上野にあるんだから上野公園だろうという流れで理解した。ただ、公園がないからといって上野が静かになるとは思えない

夢の中では、あたりはひたすら静かで、高い建物から、池が無数にある、空襲を受けたような工事中の公園を見下ろしている間、僕はなぜか胸が締め付けられるような、ある種ノスタルジックな気持ちに支配されていた。いつまでもこうしていたいのに、それは絶対に叶わないということがはっきりわかっているような気持ちである。今考えても、なぜか非常に苦しい。

サークルの連中が映画の途中で出てきたのを見て、僕は「全く、最近の若いのはしょうがねえなあ」と思ったような気がする。つまらないからといって途中で出てきたことを指して「しょうがねえ」と思ったのだろうが、映画が「ドラえもん」で、しかも6時間以上見せられるということを考えると、仕方ないか。友人が幹事であったなら、絶対にこんな企画にはならないと思うが。

おいおい泣いた友人の頭は、なぜか栗色のマッシュルームカットであった。

突然登場する「もう1人の友人らしき人物」だが、友人の中に該当者はいない。やさしそうで、かわいい感じの男性である。某恋愛シミュレーションゲームに出てくる、主人公の友人という感じかな。

青い光を発して、いくつもいくつも連なっている工事中の橋脚は、本当にきれいだった。これは、公園とは反対の方向に見えた。

向かいのアパートはなかなかきれいだった。かなり薄いピンク色だった。こちら側には通路があって、同じ薄ピンク色をした柵があった。外階段が付いていたように思うが、定かではない。

夢の中で、友人が真向かいの建物にジャンプしたということは、僕はこの友人に対して「あいつならやりかねない」という思いを持っているということだろうか。うーむ。それは正解かも(^^;。

「あいつのことだから、助かるかもしれない」というのも、ひょっとしたら失礼かな。

「ぬしゃっ」という効果音は、「プリンスオブペルシャ」というゲームのものらしいが不明。夢の中で死んだ友人から聞いたことがあるだけ。

水風船でも割ったような「びしゃっ」という音は、すぐさま友人の死を予感させた。以後、友人がまだ生きているかもしれないという思いは全くなくなる

きったないアパートのようなものは、おそらくおととい見たドラマ「フードファイト」が影響している。主人公の住んでいるアパートにかなり似ていた。

「茶色のなんとか」の「なんとか」の部分は、忘れてしまった。他にも、「茶色の丸」だとか、いろいろ種類があるようだった。って、何の「種類」なのかは不明。妖怪の種類?

友人はかぶりものを身につけていて、こっけいに違いないのだが、僕は怖くてどうしても友人の胸より下を見ることができない。もし死んだときのままだったら、腹のあたりがひどい状態になっているであろうことは、あの落ち方から容易に想像できる。

目が覚めたとき、「ああよかった、やっぱ夢だったのか」と思った。あたりはまだまだ暗かった。僕は右を向いて寝ていた。

ちなみに、これを書いている間中ずっと、ディスプレイは真っ赤に染まっていた。非常に気分が悪い(-_-;。

午前9時半頃から夜まで、決算関係の作業。夕食ののち、友人と外出。車のパーツを見てきました。マットとか、ドリンクホルダーとかですけどね(笑)。


2000/12/24の日記、「あなたたち」を「あなた達」に修正。2001/01/21の日記にも、修正したとの記述があるが、修正されていなかった。また、2001/02/11の日記、「俺たち」を「俺達」に修正。


2001/03/01 先月より普通の日記継続中

午前6時半頃起床。しかし、眠くて眠くてしょうがない。午前10時半頃、再び意識を失う。

次に起きたのは午後6時半。きちんと8時間寝たことになる。こんちくしょう。

で、昨日思い付いた常識問題のページを作る。が、存外うまくできない。そうこうするうちに夜中になってしまった。一応、土曜日には公開を開始したいので、それまでに何とかしよう。うーむ、このペースでは隔週連載になるかな。


トップページの、日記の最新の日付を間違えていたことに気付く。最新の日付は2001/02/27だが、3月1日にしていた。でも、次の更新までこのままにしとこうっと。